09.05.09 |
黒水晶の家 見学会
建築家伊藤寛さんの自邸でありアトリエでもある“黒水晶の家”を訪ねました。この家の特徴はまずタイトルにもあるように、八角形の輪郭をしていることです。それは鉱物の結晶のように、強固で、安定した美しい形を思い浮かべます。その単純なヴォリュームのなかに、1階はアトリエ、2階と3階が住居に割り当てられています。空間の特徴は、どの階もワンルームのように、視線が端から端まで、もしくは、開口部をぬけ外部まで見渡すことが出来ます。それにより、八角形の内側にいることを、どの場所にいても感じることが出来ます。また、最上階は結晶のとんがり部分の内側に入っているような空間です。私自身、テントやパオ、かまくらといった、“おおらかな覆い”の中にいるという印象を受けました。室内見学中、伊藤さんから設計過程や建築に対する考え方について、簡単なレクチャーがありました。最初は矩形(正方形や長方形)から、プランニングを進めるうちに、敷地の形状から矩形の角を切り落とすことで、角形の輪郭に決まっていったとのことでした。最初から多角形の外形をつくるということが念頭にあったのではなく、結果として八角形になっていったということは、私にとって発見でした。実は、多角形の建築に興味があり、事前に二つの質問を用意していきました。その1つが多角形の恣意性についてだったからです。どういうことかというと、建築の住宅作品において、矩形平面が大多数を占めるなかで、多角形平面が図として特殊に見えたからです。そこで行われる生活と八角形平面がきちんと噛み合うものなのか気になっていました。“結果としての多角形”という言葉に、周囲の環境や内部の要請から導き出される多角形平面には普遍的な魅力や可能性があると認識出来ました。用意した質問のもう一つが、壁と壁の間の角度が90度より開かれる事についてです。90度より開かれた隅になることで、アルコーブのように人の身体に寄り添うような場所をつくれたり、人の動きをスムーズに流すことが出来る可能性を感じていたからです。しかし、実際に訪れて感じたことは、壁が人の身体行為に対応する部分的な印象より、八角形平面の空間がつくる一体感のような全体性(なかなかこれを表現しずらい、内観写真でも難しいなぁ)が強く印象がのこりました。もちろん、この建築は外形の八角形を強く印象づける工夫がみられます。外壁、内壁の仕上げの違い、ワンルーム空間を可能にする背の低い間仕切り(身を隠すぐらい、全体の変化を常に感じる事ができる)などがそれにあたります。この建築のおおらかな全体性はその八角形平面という幾何空間としての特性もあるけれど、それを扱う伊藤さんの考え方によっておおらかな全体性を獲得していると感じました。伊藤さんは基本設計の重要性に触れながらも、それ以降の実施設計にとても力を注いでいると教えてくれました。それは、素材の質感を実物を通して考える段階であり、そうすることで建築空間の質が大きく変わることでした。内部空間に用いられた仕上げの表面処理は、プレーナーをかけずに木の肌が毛羽立ったものとプレーナーをかけて表面がツルッとしたものを壁と天井などで、使い分けて用いられていました。前者は、光が当たるとホワッとした空気を含んだ表情になるのに対して、後者は、光沢が少しみられる硬質な感じの表情になります。このような素材に対する話が進むにつれ、小屋や納屋などが持っている計画されていない、けれど、どこかハッとさせる簡素で素朴な楽しさについての話になりました。伊藤さんはそのような小屋の魅力を、手を動かして、身体を動かして、建築作品をつくることで辿りつきたいのかも知れないなぁと思いました。“作為をもって無作為をつくることへの挑戦”が、この見学会で最も印象にのこり、頭からなかなか離れません。 Written by Hidemi Sugai |
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